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ハナレから青灯堤を望む




野島防波堤が築かれたのは、明治時代末期から大正時代初期、横須賀軍港の北東風避けとして作られた。

当時の技術では瀬といわれる河岸段丘の岩場を土台とし、20メートル幅に捨石を入れその中心部にケーソンをいれたもの、瀬に沿って作ったので曲がって作られています。昔は写真の遠く大型船停泊位置に沿って陸岸の夏島からもう一本の堤が伸びていたが、今は住友ドック埋立で消滅している。

見ての通り堤は低く、波を完全に防ぐタイプではなく、ある程度越えさせて“いなす”タイプの堤、写真では右が沖側、左が陸岸側になり、今まさにナライ(北東風)が吹いている。この風に下げ潮なら沖側全面に潮が流れ野島はベストコンディションの状態。潮位は干潮直前か。

   
[ Presented by ]
田中 正司氏

[ Photo by 前田 宏巳
 




新堤から馬の背、赤灯を望む






 

馬の背は満潮時海没、干潮時は写真の状況になる。渡礁するには厳重な注意と装備を要します。

 

赤灯から干潮時の馬の背、新堤を望む






 

大潮の満潮時は海水が向こうの新堤の屋根型の縁まで来ます。干潮時は写真の通り馬の背上はクロダイのエサでいっぱいです。

 
ドック堤(灯台)からドック先、遠く青灯堤を望む




 

ドック堤、点々と海中に立っているのは丸環と呼ばれた外側鉄環の堤が一本に繋がっていた時の管と管をつなぐコンクリート・ブッシュです。

丸環は腐食崩壊して沈み、上は黒鯛の良い根(エサ場)になっています。下の写真はその丸環の状態です。

 

 



丸環は腐食崩壊して沈み、上は黒鯛の良い根(エサ場)になっています。下の写真はその丸環の状態です。