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堤防今昔物語



【 横浜沖堤防今昔】



 


[ Presented by ]塩川 利彦

東京湾黒鯛研究会会員


様変わりした横浜港

現在の横浜港周辺はみなとみらいの埋め立ても完了してラウンドマークや高層マンションが建ち並び、すっかり様変わりした風景を眺める事の出来る釣り場となりましたが私が初めて横浜に釣りに来た頃はまだ桜木町駅の海側は今のJRの貨物列車の引き込み線があった位でとても現在のようになるとは思ってもいませんでした。

その後は大黒大橋が出来、大黒埠頭もまだ埋め立てを開始し始めた頃で、沖には長い第2新堤、それより前に出来ていた第1新堤が有りました。


 
 

もっと昔の時代を知る人に話を聞くと現在のA埠頭の付け根から沖白灯までの長い堤防で航路を挟んで沖赤灯から大黒埠頭の埋め立ての端までも長い堤防になっていて、山下橋の船宿全部が渡船をしていて小安からも渡船が出ていたそうです。私が横浜沖堤防に通い始めてしばらくは小安丸が青色の古い船で渡船をしてたのを見掛けました。今では山下橋の渡船は3軒だけになり他の船宿は沖釣りの乗り合い船になってしまっています。それと今のハナレ堤防の先の大黒埠頭には鬼ケ島という形の違った堤防があり隣に移るのに板を渡して移動して釣りをしてたそうです。

丸節の穂先しか曲がらない6尺、7尺といった竹竿

そしてその頃に盛んに使われてたのが現在の竹竿の主流が布袋竹に対し、そのヘチ竿は丸節の穂先しか曲がらない6尺、7尺といった竹竿を皆さん使われていたそうです。

 

   
 

私が横浜港に釣りに来はじめた頃は結構その竿を見かけて黒鯛が掛かった時のやり取りを見ていると穂先部分だけが曲がり、胴の部分はほとんど曲がらず出しては巻き、出しては巻きの繰り返しで黒鯛が弱るまではなかなかタモ入れが出来ないのでそれなりに技術のいるやり取りが出来ないと竿をのされて切られてしまった様子を目にしてこの竿での竿さばきは難しいなぁなんて見ていた記憶があります。私も使ってましたが当時は色付きの道糸と言えばルアー用のデュポン社のゴールドストレーンしかなく、しかもハリスは1号とか0,8号とかのナイロンハリスで現在のフロロカーボンハリスの強度からしたら数段落ちる弱いものでしたから皆さん苦労して黒鯛を仕留めていたそうです。

黒鯛釣りが始まったもっと古い時代は道糸に自分で毎回色を付けたんだよなんて話を聞くと苦労されてたんだと思います。ゴールドストレーンという糸が輸入されてからは皆さんが使うようになりました。そしてその竿の穂先はクジラのヒゲ(さい歯)で出来ていて、その部分がとても高価なもので今の穂先とは違ってとても軟らかに曲がり反発力も緩やかで現在ではその鶴見竿とか横浜竿と言われる竿を使っている釣り人は、よほどの年配者でなければ見かける事はありませんが横浜港での黒鯛釣りの始まりの独特の竿だそうです。

大黒埠頭の埋め立てで更に変わった横浜の埠頭

竿の話はさておき、大黒埠頭の埋め立てより以前に大型コンテナ船に対応するために年代は調べないと解りませんが、A突堤からB、C、Dと埠頭が造られ、それが現在では東京港や南本牧そして遠くは神戸港等にコンテナ船の入港数を取られ、その頃日本一だった船舶貨物の座を譲ってしまい、需要が減った為にBとCがまた埋め立てられ繋がってしまいました。



港内の本船航路は14から16メートルの水深がありコンテナ船だけではなく大型客船が大桟橋に入港するのを眺めて釣りが出来るのも横浜港ならではと思います。以前に現在新造された客船の前のクイーンエリザベス号が入港した時にちょうど白灯で釣りをしていてまだ完成したばかりのベイブリッジの下を通過する時に赤い煙突がギリギリだったのを見て船の気水線から煙突上部まで50メートルはあるんだなんてびっくりした記憶があります。大型コンテナ船が入港して岸壁に接岸する時や出航する時は200メートルはあろうかという船を本船航路の真ん中でタグボート2隻ないし3隻で片方では引っ張り、片方では押して90度向きを変えて岸壁に接岸させたり、バックで引っ張り出された船が同じように今度は船首を沖に向けられ出航する様は迫力がありました。

 




釣りをするのはもっばら沖側の直下のタナ釣りがメインで現在の川崎新堤の感じでした。ただ内側の低い部分は7,8メートルの幅があり、継ぎ目には40センチ程の溝になっていてその周辺でも釣った経験があります。内側も直下で探る事も出来ましたが、への字から先の内側は幅が狭くなり、ヘチ際は3ヒロ位で3メートル位前まで傾斜していて角からは底まで直下になってたようになってたと思います。その前の角で切られた事も何度かありました。

それが大黒海釣り公園辺りから扇島側白灯方面のへの字に曲がる所までテトラで補強されやがて大黒埠頭の埋め立てが完了し陸続きになってしまいました。しばらくは地盤が固まるまで野原のようになっていて建物もなく、第2新堤のすぐ脇が広告用の飛行船の発着場にしばらくの間なっていて南西風の強い日なんか着陸するのに飛行船の前に垂れ下がっている2本のロープを地上にいる人が掴みフックに掛けるのに苦労して何度もやり直しのため、また上昇旋回しているのを第2新堤で釣りをしながら眺めてた事もあったりと私自身も好きだった横浜沖堤で一番長く広大な釣り場が現在は釣り公園だけになってしまって寂しく思います。


 


現在ある堤防の変遷

接岸したコンテナ船からの積み下ろしには空の台車を後ろにつけ付けたトラックが次々に大型クレーンの下にピタリと止めコンテナを乗せては出て行き、積み込む時もピタリと止めてコンテナを持ち上げられ、時には4隅に出ているコンテナのつめ?の部分を台車側の受けの部分で固定する時のピンを抜き忘れたためにクレーンにトラックも一緒に持ち上げられ、慌てて降ろされたりする光景を見たりもしました。

話はそれましたが大型コンテナ船用の埠頭建設のため、埋め立てが始まり、それに伴い白灯まで繋がっていた堤防がテトラ堤防と白灯になり、赤灯とハナレにと4つの堤防になり大黒埠頭の埋め立てで鬼ケ島堤防と言われていた堤防もなくなり、そこに使われいたケーソンが現在は十メーターと言われる堤防の手前の四畳半の間や奥に積み上げて乗せて有るのがその名残だそうです。沖の第2新堤も陸続きになる前は内側にちょっと離れた位置に何個か長方形のケーソンが満潮時には波を被るのがあったように記憶してます。




 
 

埋め立てなどで変わった潮の流れ

やがてベイブリッジの建設と、その後は南本牧の埋め立てで横浜港も大きく様変わりしてしまいました。それらの影響で潮の流れも変わり、日によって様々で、まだ大黒埠頭の埋め立てが始まり出したばかりの頃はどこの堤防も潮のぶっつけの位置もある程度決まっていたものでしたが、現在は堤防に行って初めて判る潮の流れでがっかりしてみたり、ニコニコしてみたりと本当に気まぐれです。自分なりに通いつめて、それぞれの堤防にはやはりベストなぶっつけの位置があるのでその潮の流れになったら真剣に落とし込みを繰り返していれば黒鯛のアタリに出会えたものでしたが、今ではなかなか良い流れにはなりませんね。

例えばテトラ堤防の下げ潮のベストな潮のぶっつけ位置はコバからケーソン3枚目にぶっつけて左右に分かれる時、白灯は上げ下げ共に10円玉ポイントの辺りがぶっつけ位置になる時、赤灯は上げでは高い部分の真ん中より少しハナレ寄りに近い位置、下げではベイブリッジの橋桁の左側の方向から内側のハナレ側にある階段の左側の出っ張り辺りにぶっつけて水路側の潮と合わさりコバを舐めてから沖側に出て行く時、更に沖に出て行く潮が45度南方向へ潮目が出来ている時は出て行く潮の流れの一部が沖でUターンして三角形の戻り潮になり堤防に戻って沖側にぶつかりハナレ寄りに流れが出来る為に下げ潮でも沖側でも釣れます。

しかしコバと平行に出ている時は沖側は池のようになってまったく流れがなく上げまで釣りになりません。ハナレの下げは水没する大黒側のケーソン2枚と3枚目の間の溝辺りがぶっつけになり左右に分かれている時、しかし膝上まで立ち込んでの釣りになるため慣れてないと危険な所なのであまりお勧めはできませんけど。それと時たま上げの潮が堤防にぶつかり下に潜り込む潮の時、ヘチ際に落とし込んだ仕掛けがなかなか上手く沈んで行かず仕掛けがヘチから離れて行くような時も結構アタリが出ます。もちろん潮位差だけではなく風向きにも左右されますが、どの堤防にもベストの流れがありますのでその事を頭に入れておけば良いと思います。ただ好条件でなくてもこんな時に?こんな場所で?こんなデカイのが?ってのがあるのがまたこの釣りの面白い所ですね。

コバの部分は2枚潮に大概なってますから判断は難しい

昔はチンチン、海津クラスが圧倒的に多かったのが今では大型が多くなったのは間違いないですが、その分相手も手強いですね。それと風による表層の潮は逆でもタナから底までが良い流れであれば黒鯛が堤防に寄ってくる可能性が高いですので沈んで行く仕掛けの流れて行く先がどちらの方向かよく観察してみると分かります。濁って見えないない時は仕掛けを上げる時に分かるものですから。ただし、ぶっつけの位置や流れの方向と流速がベストであったとしてもコバからの出て行く潮の方向も良くないとダメですので堤防の両サイドもよく観察しないと、特にコバの部分は2枚潮に大概なってますから判断は難しいですね。なんだか堤防の解説みたいになりましたが、横浜沖堤防の魅力はなんと言ってもタナ、底、飛ばし釣りのすべてが出来る事ですね。タナに関しては相手にこちらの気配を感じさせなければ、水面下50センチの所で釣れたり、飛ばし釣りでは15メートル近く沖でヒットしたりと実に面白い所です。


 


 

黒鯛がヒラを打つ時

昔、第2新堤で釣りが出来た頃は結構な数の黒鯛がヒラを打っている姿を時々目にしましたが、最近は第1新堤でヒラを打っていたなんて話をたまに聞く程度で私の記憶では第2新堤以外では旧赤灯と白灯、赤灯、現在は釣りが出来なくなってしまったテトラ堤防のテトラの部分で結構目にしていますが自分が釣りに行く日に遭遇出来るとは限りませんし、そんな時は大釣りだったり、逆にやり方が悪いのかこちらの餌に無反応でアタリが出なくてノーヒットという悔しい思いをする時もありますけど、黒鯛がヒラを打っている時間はそんなに長くは続きませんからそんな場面に遭遇したら喰いの立っているのが目で確認出来る時ですからなんとか仕留めたいですね。それと9月のある日の下げ潮時に旧堤防のコバから内側のちょっと沖目にこれから落ちに入る黒鯛が大集合しているのを毎年のように目撃しますが、それはほとんどが40センチ以上のサイズで中には50センチオーバーも沢山目にします。そんな黒鯛は口は使ってくれませんが横浜港にはこんなに黒鯛が居るんだと見る度に実感させられ、群れてる中の一番大きいのを見つけると、来年はアイツを釣りたいなぁなんて眺めています。

 
 

様々な経験を積み重ねると更に楽しい

まぁ大型は狙って釣れるものではなく、掛けた黒鯛が大型だったかどうかは掛けてみないと判らないし、その掛けた大型の黒鯛を取り込む事が出来た、バラシてしまった、ハリスを切られてしまった、があるのがこの釣りの面白い所だし、細ハリスで切られるかも知れないリスクを背負ってアタリを多く出したい、掛けてからのやり取りの醍醐味を楽しむ釣りをするか、また私みたいに切られる事はまったく気にせず太目の仕掛けで釣りをするかは個人個人の釣り方のスタイルですからどちらでも良いと思いますが、いつの頃かは忘れてしまいましたがヘチ竿による黒鯛釣りを始めていろんな経験をしたある時から、それまではアタリがあった瞬間から毎回心臓バクバクだったのがなくなる時が来ますからそうなったらしめたもので、アタリから合わせ、掛けてからのやり取りに余裕が持て冷静に対応出来るようになり、ひとつひとつの黒鯛とのやり取りで上手く行った時の分析やバラシてしまった時の反省が冷静に出来るものです。もうベテランの方はそんな事はないと思いますが、まだその域に達していない人は様々な経験を積み重ねて、こんな面白い黒鯛釣りの出来る横浜港沖堤防で沢山黒鯛を釣って、検量後は「またみんなに楽しい思いさせて下さい。」と願いを込めてリリースしてあげて下さい。堤防の落とし込み釣りにはまってしまっている私の好きな横浜港沖堤防の話を書いてみましたが、何かの足しになればと思います。

黒鯛釣りの話をしたら釣りをするのも忘れて話をする私ですから、現場で見掛けたらもっとひとつひとつの堤防の詳しい説明をしますのでどうぞ声を掛けて下さい。